『ロケットマン』を観て

こんにちは!

 

本日より公開の映画『ロケットマン観てきました!

 

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ロケットマン

監督:デクスター・フレッチャ

出演:タロン・エガートンジェイミー・ベルリチャード・マッデンブライス・ダラス・ハワード

日本公開日:2019年8月23日

 

全世界で最も売れたソロ・アーティストの一人、エルトン・ジョンの半生を、タロン・エガートン主演で描いた自伝的映画。

 

鑑賞中、体が何度かシビれたのですが、恐らく血液も感動してたんだと思います。

いやー圧巻でした!

 

自伝映画というような印象は全くありませんでした。

 

ミュージカル風!歌ありダンスあり!

 

エルトン・ジョンの内面の変化過程がまあわかりやすい!

 

彼の積み上げてきた功績も再現しながら、一貫して彼の内面の変化にフォーカスを当ててていたので、方向性がハッキリとしたとても観やすい映画だったと思います!

 

鑑賞後に製作陣を調べてみると、納得でした。。

 

エルトン・ジョンとプロデューサーであるデヴィット・ファーニッシュは公演仲間

脚本リー・ホールは彼らの共通の知り合い

共同プロデューサー、マシュー・ヴォーンはエルトンがまさかのカメオ出演を果たした『キングスマン:ゴールデンサークル』(2017)の監督で

タロン・エガートンキングスマンシリーズの主演

本作の監督デクスター・フレッチャーは2016年『イーグル・ジャンプ』(日本未公開)でタロンとタッグ

音楽プロデューサーのジャイルズ・マーティンは父親がエルトンの仕事仲間

 

というように、とにかくヘキサゴンファミリーなみに横の繋がりが多いのです。。

 

信頼関係が結ばれている製作陣だからこそ、まとまりのある、強い映画が生まれたのでしょう。

また、デクスター・フレッチャー監督は『ボヘミアン・ラプソディ』の後半監督を任されたことで有名な方で、過去にはミュージカル映画も撮っています。

今回の映画で監督を任されたのは必然かもしれませんが、映画を観ると、どこか運命的なものも感じます。。

 

そんなまとまりを感じさせる本作のみどころ2つ!

 

①盛り上がり過ぎて椅子がギコギコいうかもしれないライブ&ミュージカル

 

映画館で音楽が流れているだけでもエルトン・ジョンクラスの歌手の曲ならエキサイトすること間違いありません。

 

しかし、本作では歌の表現方法が異常に豊富。

 

その中でも、ステージでのライブシーンとミュージカルシーンは盛り上がり必須!

 

ライブシーンでは音量が切り替わり、実際のライブでは観ることができない映画ならではの特別な演出が施されています。

 

エルトンがライブで「実際にそう感じた」という気持ちを表現する場面を観ると、ライブを楽しむお客さん側の感覚を超え、パフォーマー側であるエルトンの気持ちまでも味わえました。

 

また、ミュージカルシーンも格別。

 

1950年代から1960年代へタイムスリップする瞬間、名曲「Saturday Night's Alright」に乗せて300人規模のエキストラとダンサーが踊るシーンは踊りたい気持ちを抑えるのが精一杯。

 

ちょっと古めの映画館なら椅子が揺れて前後にギコギコいうこと間違いなしです!

 

②リトルエルトン擬似体験

 

ロックスターにも我々同様、抱える悩みは多いようです。

 

私には想像もできないような栄光を掴んでいるからこそ、私には想像もできないような地獄も味わっているのでしょう。

 

彼の心の中のリトルエルトンをずっと苦しめていたのは、孤独です。

 

親がいたり、恋人がいたり、物理的には孤独には全く見えないのですが、彼は幼少期のトラウマから精神的に孤独だったようです。

 

本作は、そこから抜け出すところまでを描いています。

 

どうして孤独を感じるようになったのか

どのようにして孤独から抜け出したのか

 

彼の内面がとても緻密に描かれているため、擬似体験として理解していきやすいです。

 

自分にも当てはめて考えることができれば、映画鑑賞がとても意義のある時間になると思います。

 

また、エルトンヒストリーでは、孤独から抜け出した瞬間は、90年代以降さらに飛躍していく段階の手前です。

 

映画はそこまでしか描かれてないので、エルトン・ジョンが送ってきた人生は広辞苑なみに分厚いのでしょう。。

 

恐れ入ります。。

 

 

ミュージカルや音楽を題材にした映画が次々と発表され、ロケットマンが発表された時も、小さく「またかぁ〜」と思ってしまった自分にゲンコツしてやりたいです。

根っこから音楽と映画が融合した、見応えたっぷりの、素晴らしい映画でした!

 

観てない方はぜひオススメです〜!

 

 

 

「沖縄スパイ戦史」を観て

こんにちは!

天気の子が興行収入100億円を突破したニュースもおめでたいですが、今日この映画に出会えたことの方が個人的におめでたい!

 

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沖縄スパイ戦史

監督:三上知恵、大矢英代

日本公開日:2018年7月28日

 

大阪の映画館で行われている戦争映画特集も今週末で終わり。

最後を飾るにふさわしい作品でした!

 

第二次世界大戦末期、約20万人以上の死者を出した沖縄戦北部で実際に行われていた、スパイ・ゲリラ戦に迫ったドキュメンタリー映画です。

 

なんとスパイとして敵地に潜り込み、米兵と命を削り合っていたのは、10代半ばの少年たちだったそう。

 

お、恐ろしいです。。

 

戦争でこのようなことまで行われていたとは。。

 

スパイなので国家機密のため、実際の映像などはないのですが、数多くの資料と、何十人もの当事を生き抜いてきた方々による証言をこの映画でみれば、真実であることは疑いありませんでした。

 

もう80過ぎの高齢の方々が皆、昨日のことのように、戦争中の悲惨な出来事を感情交えてお話しされていました。

 

少年たちが戦争に加わっていたという事実を知ることができただけでこの映画を観た価値はあったと思ったのですが、「スパイ戦」の恐ろしさを知ることに真価はあったようです。

 

スパイ戦がなぜ恐ろしいのか。

 

少年によるスパイ行為が敵に知れ渡ると、住民全員が疑われ始めるのです。

 

敵から疑われる場合もあれば、味方から疑われる場合もあったと、当時の方は語ります。

 

今の時代と違い、戦時中は疑われること≒死を意味します。

 

少年たちの中でスパイと疑われた者は、少年たちに銃を持たせて処刑されたそう。。

 

しかも、彼らは近所や親戚など近しい間柄だということでした。。

 

精神的におかしくなるに違いありません。。

 

そして当然ながら、そうした体験で受けた傷は、たとえ生き延びることができたとしても、心に一生残るようです。。

 

住民までも戦いを強いられ、一度始まると死ぬまで人生を台無しにしてしまう戦争の恐怖。

実際には体験せずに、映画館という場所で、椅子に座りながら知ることができているだけ感謝です。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィジュアル・フォークフロア「精霊の山 ハヤマ」を観て

こんにちは!

 

夏の映画館は避暑地ですね〜

 

一度入ったら外に出るのがもう大変です。。

 

今日も観てきました〜!

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精霊の山 ハヤマ

監督:北村皆雄

 

ヴィジュアル・フォークフロアというアジアの民族にスポットをあてたドキュメンタリーシリーズの一作品「精霊の山 ハヤマ」

 

東北地方には古くから山を神様や死者の魂が宿る場所とする信仰があり、それにまつわる行事やお祭りの様子を撮ったものでした。

 

国の指定重要無形民族文化財である民族行事「木幡の旗祭り」「金沢の羽山ごもり」「山寺の夜行念仏」「三森山のモリ供養」の様子が主に流れます。

 

その中でも特に印象的だった福島県の「金沢の羽山ごもり」

村の男たちが豊作を願って11/16〜11/18にかけて福島市松川町金沢地区で三日間こもる行事で、男たちが、本来であれば女性がすべき役割を担ったり、ごはんのことをごはんと呼ばず「ヤワラ」と呼んだり、普段の日常とは断絶した生活をおくるようです。

 

なぜそんなことをするの?

 

本音を記すと、そう思った場面が120回くらいありました。

 

行事の新入りは全裸で水をかぶり村の鳥居までダッシュしてまた戻るという儀を行います。

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しかも真冬です。。

 

なんと昔は48往復もしていたそうです。。

 

(全裸で走るのは少し気持ち良さそうでやってみたくもありますが)

 

なんで寒いのに水を浴びるの?

 

なんでパンツ履かず全裸で走るの?

 

効率を求める現代人なら観ればきっと思うはずです。

 

しかしこの映画は教えてくれます。

 

何をするかについてあれこれ考えることはそこまで重要ではないんだよと。

 

彼らはこの行事を取り組むことに精一杯。

 

山の神様や先祖から伝わった行事を遂行することに一生懸命。

 

だからでしょうか。

 

みんな肌がキレイ!

 

身体的なストレスはあるかもしれないけど、多過ぎる選択肢蔓延社会の精神的なストレスが少ないんだと思います。

 

都会に住み、セブンイレブンファミリーマートか悩み、店に入ればシーチキンマヨネーズか鮭で迷う私の生活スタイルが、これをきっかけに一変するかもしれません。

 

もちろん悩まないことにもデメリットはあると思いますが、こういう生き方もあるということを知ることで少し気分が楽になりました。

 

ヴィジュアル・フォークフロア他にもたくさん面白そうな作品ばかりなので、チェックしていきたいと思います〜!

 

「クワイ河に虹をかけた男」を観て

お盆明けましたが、近くの劇場で戦争映画特集を今週一杯までやってるそう!

ということでまたまた観てきました〜戦争関連映画!

 

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クワイ河に虹をかけた男」

監督:満田康弘

日本公開日:2016/8/27

 

シアターを間違えて最初の15分ほど見逃すという大失態を犯したのですが、それがどうでもいいと思えるくらい面白かったです。

最初の15分観ていればさらに評価は高まっていたかもしれません。。

皆さんも場内へ入る前に必ず作品チェックしましょうね笑

 

太平洋戦争時に旧日本軍が建設し、「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の和解に尽力した元陸軍通訳の永瀬隆さんを追ったドキュメンタリーです。

 

最初(始まって15分のところ)から最後まで永瀬隆さんの生き様に釘付けでした。

 

亡くなった戦争被害者の方々を思って何度もタイへ足を運び、お詫びの気持ちを届ける永瀬さん。

日本人代表として振る舞い、戦争の責任を自ら負う姿勢がとても勇ましいのです。

 

私はこの映画をみて、戦争を二度と繰り返さないようにしようという気持ちはもちろん積み上がったのですが、永瀬さんという男への尊敬する気持ちが勝ちました。

 

何か一つのことをやり通す人間はかっこいいものです。

野球をずっとやり続けるイチローはかっこいいです。

サッカーをずっとやり続ける本田圭佑はかっこいいです。

永瀬さんも紛れもなく彼らの一員です。

やり続けたことは戦争被害者と和解するために巡礼を行うこと。

 

永瀬さんはかなりの高齢にも関わらず、ハキハキ喋り、フットワークも軽い。

 

一つのことに全身全霊で励む人間はエネルギッシュだ!

 

永瀬さんは言います。

「人間らしく生きるには、何か対象となるものが必要。対象をつくり、それに虹をかけること、それが人生」

 

永瀬さんにとってその対象は戦争被害者なのでしょう。

 

映画中でたくさんの人たちが永瀬さんに心を掴まれていました。

そのたくさんの人たちの内の一人に私もなれて誇らしい気持ちです!

 

劇場で販売されていた参考書も買ったので、最初の15分を取り返すべくこれから読みたいと思います!

個人的にかなりオススメの映画でした〜!

NHKドキュメンタリー「ラストトーキョー"はぐれ者たち"の新宿・歌舞伎町(後編)」

NHKドキュメンタリー「ラストトーキョー"はぐれ者たち"の新宿・歌舞伎町(後編)」について

 

後編も同じく新宿の街に潜りこむ本作。

ホストやキャバクラといった多くの人がイメージするものではなく、細々と暮らす人たちの新宿を引き続き描きます。

 

観終えたあと、泣きじゃくってそのまま寝て起きたときみたいな清々しさを体験することができました。

 

本作は、映像を通じて、ディレクターであり、本作の主人公とも言える柚木佳江さんの娘である柚木映絵さんが自己成長を遂げるお話だといえます。

精神的に自己成長を遂げたラストは、実に優しい。

特別すごい演出がされてるわけでもないのですが、優しいピアノ調の音楽と、彼女自身と、新宿の夜が交差して「お疲れさま」と声をかけられているような感覚に。

 

彼女の成長は

「優等生であることはコンプレックスではなく、多様性の一つであること」

に気づいたことです。

これは本作のテーマでもあるといえます。

 

「あなたの真剣にやってる姿をみて私も頑張らないとと思った。」

麻雀店を3つも営む母佳江さんの言葉で、自らを蔑んでいた映絵さんは、こんな私でも誰かの役に立っているのだと気づく。

作中には、誰かが誰かの役に立つ瞬間がいくつか映ります。

大物芸能人が被災地に1億円寄付したというような大きいものではなく、

おばちゃんが麻雀店で手作りのご飯を出してくれる

というような小さいことで、

小さいことを繰り返し、人と人が連なり合って、皆で何とか生きている。

最初は客観的にみていた映江さんが、彼女自らもその一部となっていく。

その映江さんに姿を重ねて観ていた私も、その人たちの一部となり、居場所を見つけた気分になりました。

 

佳江さんの麻雀店の近くにチェーンの激安麻雀店が進出し、頭を抱えるのですが、スマホで冷静にみている私からすれば「そんなもん気にせずゴーイングマイウェイ!」

とついつい叫びたくなる。

激安麻雀店に、彼女たちが築き上げてきた人と人との信頼関係はそう簡単に崩せない。

激安麻雀店も多様性の一つ。

佳江さんの麻雀店も多様性の一つ。

個人でも店でも、互いを認め合えばいい。

俗に言うナンバーワンよりオンリーワン精神です。

 

新宿の街で、多様性を認め合い、支え合いながら何とか生きている人々を見ると、田舎と何ら変わりないのかもしれないと思います。

新宿で大金持ちになったり、有名になることは簡単ではないかもしれないけど、笑いながら生きることはちょっとした心の持ちようで誰でも可能なことに思えるのでした。。

 

新宿=生きるのが大変そう

というイメージは、他人と比べたがる自分が勝手に作っているだけなのかもしれませんね。。

 

 

 

 

NHKドキュメンタリー「ラストトーキョー"はぐれ者たち"の新宿・歌舞伎町(前編)」

NHKのドキュメンタリーを観ました。

「ラストトーキョー"はぐれ者たち"の新宿・歌舞伎町(前編)」

本映像のカメラマンでもありディレクターである20代の女性が、彼女の母親である柚木佳江さんに密着するドキュメンタリー映像です。

東京歌舞伎町で3つの麻雀店を営む佳江さんから新宿の陰が見えます。

 

新宿といえばホストクラブやゲイバーの印象が強く、常にネオンでキラキラしていて、時たま暴力や犯罪が発生しているイメージ。

良いように言えば活気に満ちている街。

悪いようにいえば危ない街。

この映像を見る前に、タイトルを見て期待したのはそういうものでしたが、いい意味で裏切ってくれました。

 

佳江さんの営む麻雀店に来るお客さんは、多くがお年寄りで、若い頃からずっと来てくれている常連さん。

スタッフも皆同年代で、生き甲斐として麻雀店で働いています。

また、ディレクターは「水族館劇場」という名の劇団にフォーカスを当てます。

劇団員は主に日雇い労働者で構成されており、年に一回新宿で行う公演のために一ヶ月寝食を共に過ごし、自分たちでセットも作り、それが楽しみだから仕事を頑張れるのだそう。

彼らは新宿といえばで連想される派手で華やかな人には全く見えず、かといってドロドロした犯罪の匂いのする人にも全く見えません。

そういう人たちのことが、街でできるだけひっそりと暮らす何かに見えました。

佳江さんは「私は新宿のネズミです。」とおっしゃっていたのですが、何かは「ネズミ」なのかもしれません。

彼らを落ちぶれた人間として決して描かず、むしろそういう生き方だってできるという前向きな印象を与えてくれるところに、このドキュメンタリーの魅力はあります。

たとえば、麻雀店でお年寄りが支え合う姿は、誤解を恐れずにいえばネズミでも新宿では支え合うことで生きていけるというメッセージに感じるのです。

 

カメラを自ら回すディレクターは、今までレールに沿った生き方をしてきた自分にコンプレックスを持っており、そのような生き方に憧れすらあります。

私自身も、ディレクターと同年代で、似たような境遇であるため、共感してしまいました。

 

強い人間、弱い人間、両者ともに生きていける場所が新宿。

そんな街が、東京五輪の再開発によりどんどんアップデートされていくことに、少し戸惑いを感じました。。

「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」

先日は4時間37分の長尺ドキュメンタリー映画を観てきたのですが、今日はそれに比べてとても短い3時間25分のドキュメンタリー映画を観てきました!

次2時間映画を観たらどういう感覚になるんでしょうか。。笑

 

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「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」

監督:フレデリック・ワイズマン

日本公開日:2019年5月18日

 

ドキュメンタリー映画界の巨匠であり今作の監督でもあるフレデリック・ワイズマン自らも敬愛し、世界で最も有名で観光スポットとしても知られる知の殿堂ニューヨーク公共図書館に密着したドキュメンタリー映画です。

 

ナレーションや音楽は無く、淡々と図書館の様子が映されます。

なのに飽きないんですね〜

なぜか、、

私が知っていた図書館じゃない図書館が映っていたからです!

建物の美しさは言うまでもないのですが、サービスの内容が私の近所の図書館と全然違う!

図書館といえば「本を借りる場所」というイメージで約30年生きてきた私にとって、目からウロコ、鼻からしっぽ、耳からペンチなのでした!

 

ニューヨーク公共図書館には本館と分館合わせて92館あり、それぞれ地域によって色が異なっていました。

子供の教育に力を入れる図書館、黒人文化をサポートする図書館、芸術に特化した図書館など、その地域に住む人たちに合わせて変わるサービス。

そのサービスは本館が決めるのではなく、地域の特性をよく知る分館のスタッフさんたちが決めているそう。

ある部屋ではダンス教室が行われ、ある部屋では起業セミナーが行われ、ある部屋では読書感想会が開かれる。

図書館で働く司書の方は、来たお客さんの求めるものを丁寧に汲み取って何をどう探したらいいか真摯にアドバイスをしていました。

スタッフ間でしきりに図書館の未来について討論があり、若い世代へ図書館の使い方を教育する場面も。

もちろん日本の図書館にもそのようなサービスはあるはず。

しかし人の温度が、私が日本の図書館で感じるものとは全く違いました。

スタッフさんとお客さん、お客さん同士、スタッフさん同士が図書館という公共施設の中で、温度を持ってつながっていきます。

業務としてやらされているという感じが存在せず、思いやりや熱意が人と人の間にあったように見えました。

 

いかに利用する人たちのためになるかを考える図書館のスタッフさんたち。

その心の奥には図書館で働く誇りであったり、社会貢献しているという充実感であったり、はたまた昇進といったような他の理想があるのかもしれませんが、利用する人々の立場になり、彼らのためにできることを考え実行するスタッフさんたちを見るのはとても気持ちがいいのです。

また、彼らのサポートを受けて、学び楽しむ人たちを見るのも気持ちいい。

ニューヨーク公共図書館はNPO法人で、多くが民間からの支援によって成り立っているとのこと。

支援者には、昔から図書館利用している人たちが多いそう。

図書館から無償のサポートを受け、成長した人たちが今度は図書館を支援する。

親子関係にそっくりだ。。

つまり、図書館と人がとても強い絆で結ばれているということが、映像からも、データからもわかります。

 

人同士の信頼が重要視され、クラウドファウンディングやオンラインサロンが主流となっている昨今、すでに何十年も前からニューヨーク公共図書館という場所でその価値は実証されていたのです。

ニューヨーク公共図書館には6000万点の蔵書があり、本を借りれる場所という認識は土台にもちろんあるのですが、注目される理由は「人がつながる場所」であるからなのでしょう。

それを踏まえると、たとえ書籍がデジタル化されて在庫が必要でなくなる時が仮にきたとしても、人が集まり、出会える場所として図書館が機能している限り、さらに必要とされるのかもしれません。

 

「本を借りる場所」としか思っていなかった私にとって、図書館の可能性を思い知らされた衝撃的な映画でした。。