ジェーン・ドゥの解剖

バージニア州の田舎町で起こる摩訶不思議死体解剖ホラー。

ストーリーは非常にシンプルでわかりやすく、全く先をつかませない慎重な語り口。

良作ミステリー映画としても十分機能しているようにすら思えます。

でもそれ以上に「美女の裸体を弄んだ結果天罰が下る」とも取れる因果応報的ストーリー展開が映画の世界に僕をグイグイ引き込んでくれました。


どんな映画でも死体が出てくると多くの人が目を瞑りたくなるはず。

なのにむしろ目を瞑ると損だと言わせんばかりに死体が美しい。

映画なので偽物ではありますがこんなにも死体をマジマジと観てしまい、メスを入れる側の男たちに嫉妬してしまったのは初めてかもしれません。

美しいものにメスを入れることがなぜかタブーのような気がしてきて、そのタブーを冒す彼らがうらやましいのです。

そう思ってしまった理由の多くはジェーン・ドゥ役オルウェン・ケリーの美貌と、死体に目を向かせるカット割りにあるのでしょう。


物語の進行=解剖の進行とともにうらやましさは恐怖に変わり、完全なホラー映画へと変貌。

エロミステリーがホラーエロミステリーに変わっていく、このあたりの滑らかさは一級品。

余談ですがカメラワークもレールに556スプレーを塗りたくっているに違いないほど滑らかで、きっと監督と撮影監督は滑らかマニアですね笑


美女の裸体を解剖することに嫉妬し、子供の頃に教育番組で聴いた「コアラになりたいライオン」という童謡のワンフレーズを「お父さんトミーか息子オースティンのどちらかになりたい僕」というフレーズに変えてニヤニヤできるほど余裕があったのですが、解剖が進むにつれてその余裕は遥か彼方へ。

そんなこと考えていてごめんなさいという誰に向けてかわからない懺悔をするのですが、僕はそれで済むのでまだマシ。

映画の中の男たちはそうはいかないのです。

彼らはしっかりと美女の裸体にメスを入れたことに対して償いをさせられるのです。


アンドレ・ウーヴレダル監督は前作「トロール・ハンター」でも熊の密猟事件を調査する3人の学生に対して大小異なりはしますが償いをさせていて、滑らかオタクと償いオタクの二冠達成ですが、悪いヤツがこらしめられる勧善懲悪的ストーリーを上品に皮1枚被して描くところにとてもセンスを感じます。


「ジェーン・ドゥの解剖」は王道ホラーとしても十分怖かったのですが

自分にとっては「美女の裸体を弄んだ結果天罰が下る」ことの方が生々しくって恐ろしかった。。