それでも僕は映画を見る〜ヤマシンの映画ブログ〜

映画の感想を書くことを生き甲斐とした男のブログでございます。

『ミラベルと魔法だらけの家』

公開日2021/11/26
鑑賞日2021/12/1

奇跡のロウソクにより魔法の力を授かったマドリガル家一族に巻き起こる出来事を描いた物語。
刺激をやや薄めにした程よいミュージカルに乗せて、滔々と語りかけてくるファンタジー溢れた映画だ。

リメンバー・ミー』の死の国のように面積の広さを感じさせないコロンビアの奥地という設定は、良くも悪くも閉鎖的な印象をもたらす。
『モアナと伝説の海』のようなCGによって豪快にも繊細にも堪能させてしまう開放感を伴った大自然力はない。
古典的ディズニー映画『アラジン』『シンデレラ』のように街中の往来を楽しむハイキング的イベントもほとんど存在しない。
代わりに、マドリガルの家と住人に愛着がわく瞬間が収められ続けていた半密室劇といえる世界で物語を味わうことができる。『塔の上のラプンツェル』の前半に魔法が付け加えられたかのような世界観として仕上がっているのだ。

ディズニーの資本力を持ってして可能な圧倒的キャラクターデザイン力、ディティールの再現力、ミュージカルを伴う想像力によって、小賢しい思考はどうでもよくなり、両足でリズムを刻み、口笛を吹きたくなる作品として見事だった。

どこかで見たことがあるようなもの、を見ている感覚は拭えず、新しい発見をすることが映画鑑賞の正であるならば、この映画が成功なのかどうか疑問は残る。しかし、夢を見ること、可能性を感じること、休日を愉快に過ごすことが正であるならば、成功といえるだろう。

とはいえ1つだけ、どうしても気になることがあり、純度の高い感想という意味ではむしろこれから述べることの方が重要である。

ずっと「マドリガル」を「間取りガール」と聞き取っていた。

「だって私たちは間取りガール」と歌っているものと思い込み、「間取りガールwww」と思いながら見ていた。
度々ファンタジーを楽しむどころではなかった。
家の話だから間取りガールはさすがに安直すぎると思い、魔法の魔をとって魔取りガールなのかもしれない、「魔」を「取る」ことが何か物語の伏線になっているのかもしれない、と考えた。
しかし、吹き替えであるため文字による正解発表はない。

アメリカの制作チームに間取りという言葉はわからないはずだ。
問題は日本のチームだ。
「マドリガールと歌ってしまって大丈夫か。家の話でもあるから、間取りと聞き間違いされるかもしれない。どう思う?」
「子供は間取りって知らないですし、公式サイトにもマドリガルについては掲載してますよ。それは考えすぎです。」
「まあ、そうだな。」
このような会話があったのだろうか。
おかげで僕は間取りガールに洗脳され続けた。
自分がチームに入っていれば全国の間取りガーリストを救えたかもしれない。

どんなにかっこいいヒーローでも鼻毛が出ていたら気になるように、どんなに手の込んだファンタジーでも間取りガールが出ていたら気になる。
自分にとってこの映画がすばらしいものだったのかどうかよくわからない。
間取りガールのせいである。
もし友達と見に行っていたら、帰り道感想を言い合うシーンで赤面しているところだった。
実際は帰宅後、映画ドットコムを開いて静かに赤面した。

事前情報はしっかり見ておいた方がいい場合もある。

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