それでも僕は映画を見る〜ヤマシンの映画ブログ〜

映画の感想を書くことを生き甲斐とした男のブログでございます。

『マリー・アントワネット』(2006)

公開日2007/1/20
鑑賞日2021/12/3

オーストリアの皇女からフランス王妃となり、フランス革命まで、マリー・アントワネットの生涯を綴った物語。こだわりを隅々まで感じる力作といえよう!

カメラが寄っても引いてもブレない抜群の世界観。メイク、衣装、小物、建造物が重なり出すヨーロッパ近世の肌合いにうっとりした。人の心を掴む術に長けたエキストラ配置は見事で、一人一人が主役級に仕上がったデザインとなっており、マリーを王宮前で大勢が出迎えるシーンの贅沢は他のどこで味わえようか。ソフィア・コッポラ監督3作品目にしてこの気概は、よほどの知識、一般常識から逸脱した人生経験、それに裏付けられた自信がなければ到底完成しないはずだ。彼女の手腕は当然のこと、2世監督だからこそ成せる所業でもあるだろう。

マリーは物語の途中で宮廷から離れ、田舎風のまったりとした暮らしをおくる。これまで映されてきた俗世間とはかけ離れた煌びやかなライフスタイルから一転、自然との距離がグッと近くなるのだが、その変容さえもカメラは映し出す。堅苦しい生活からの解放に向かって始まるイベント、至近距離で捉える湖のほとりや、澄んだ空とマリーを背景にした草原らの組み合わせによって、高貴な世界が地続きで自然の暮らしへと切り替わっていく。その流れに僕の口はどんどん開いていく。

マリーを演じたキルスティン・ダンストと、彼女をキャスティングしたスタッフにラブレターを送りたい。時系列的には14歳から30代半ばくらいまでを演じているのだが、まだ王妃となる器ができていない、おぼこさ残る外見から王妃としての成長期、成熟期、衰退期まで、子を育てる母親期も挟みながら見事にマリー・アントワネットになりきる役目を果たしていた。品のある表の顔と、ベッドに入ったときの裏の顔とのギャップ萌えも甚だしい。改めて『スパイダーマン』シリーズのMJとしての成功は当然だったようだ。作中、夫であるルイ15世が子作りを渋る設定なのだが、そうなると彼のちんぽの心配orホモなのかという疑惑がミスリードすら与えかねない彼女の美貌は鑑賞者冥利に尽きる。

女性陣が放つ服から溢れんばかりのおっぱいは18世紀のファッションによるものだが、容器から押し出す直前のこんにゃくゼリーのようにプルプルしていて魅力的だ。ルイ15世の曾祖父兼エロじじいルイ14世が「私だったら女性を見るときまずおっぱいを見る」と作中で言う。そこまで言うつもりはないが、確かにあのようにプルプルしているものを見ないというのは、目の前で泣いている子猫ちゃんを無視することと同じだ。ルイ15世は反対に性に消極的で、おそらくプルプルおっぱいを小さい頃から見続けてきたことで関心がなくなったのだろうと想像される。事実、その時代の衣装はおっぱいを強調しすぎてもはや乳首が見えていたという手記が残っているほどだ。終戦後、欧米化にともない最近では男のおっぱいすらも隠すことがスタンダードととなっている今の時代が、もし18世紀のフランス王族ファッションのようにおっぱいプルプル文化にまた戻れば、そのときこそ僕の人生のピークになるだろう。夢が一つ増えました。

マリー・アントワネットと一心同体となり、ソフィア・コッポラ色で染まった圧倒的なフランス王族たちの世界をイカした80年代のPOPSとともに堪能できることへ加え、おっぱいの夢を見せてくれたこの映画に、オペラ鑑賞後のマリー同様にスタンディングオベーションを贈る!

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