それでも僕は映画を見る〜ヤマシンの映画ブログ〜

映画の感想を書くことを生き甲斐とした男のブログでございます。

『クリーピー 偽りの隣人』(2016)

クリーピー 偽りの隣人』(2016)

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監督:黒沢清

出演:西島秀俊竹内結子川口春奈東出昌大香川照之など

⁡配給:松竹、アスミック・エース

ー概要ー

「岸辺の旅」でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞した黒沢清監督が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕の小説「クリーピー」を実写映画化したサスペンススリラー。「東南角部屋二階の女」で長編監督デビューした池田千尋と黒沢監督が共同脚本を手がけ、奇妙な隣人に翻弄されるうちに深い闇に引きずり込まれていく夫婦の恐怖を、原作とは異なる映画オリジナルの展開で描き出す。元刑事の犯罪心理学者・高倉は、刑事時代の同僚である野上から、6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼され、唯一の生き残りである長女の記憶を探るが真相にたどり着けずにいた。そんな折、新居に引っ越した高倉と妻の康子は、隣人の西野一家にどこか違和感を抱いていた。ある日、高倉夫妻の家に西野の娘・澪が駆け込んできて、実は西野が父親ではなく全くの他人であるという驚くべき事実を打ち明ける。主人公の犯罪心理学者を西島秀俊、不気味な隣人を香川照之が演じるほか、竹内結子東出昌大ら豪華キャストが集結。

映画.comより

ー感想ー

日本映画界で気味悪さを演出させたら右に出るものはいない黒沢清監督がメジャーに殴り込みをかけたかのような作品。題材が題材であるため、当然苦手な方たくさんいらっしゃるかと思いますが、僕は家で見ても「フォー!!」で劇場鑑賞時も「フォー!!」だったのでダブル「フォー!!」を贈呈したい映画でした。

チェーンソーで追いかけ回されるか、ほふく前進のロン毛幽霊に追いかけ回されるか、時給をもらって働いている人間がメイクしたゾンビに追いかけ回されるか、のようなポップなホラーに浸かりきった日本人たちを凍りつかせる。常識的に創造された恐怖とは比べ物にならない恐怖を感じ、その恐怖が身近に潜んでいることへの警告カードをこの映画によって手渡されることになるだろう。

隣人がヤバいという設定の恐怖は、我々日本人の多くが他人の目線を気にしがちな人間であるからこそ真価を発揮する。僕の出会ってきた外国のたホラー映画において、隣人がヤバい、というものはほとんどない。まだまだ映画修行が足りてない身ですが、たいていの場合、映画の中の恐ろしい出来事は本拠地、もしくは心霊スポットのような予め作り上げられたホラー空間で起こっていた。『マーダー・ライド・ショー』ではヒッチハイカーの家、『マローボーン家の掟』では屋根裏、『コンジアム』では廃病院、『ウィッチサマー』では珍しく隣人であったがやや異なる。日本の映画でもそう多くはない。とにかく隣人がヤバいという地に足がついた恐怖の設定と、それに基づいた日本家屋での物語は、日本人の我々が目にする近所の家や、凶悪事件のニュースを簡単に連想させ、我々の恐怖心をヤスリで削るかのように刺激する。個人的にうれしくあるのだが、客観的にとてもおそろしいのだ。

西島秀俊演じる高倉が言うように、ヤバい事件の多くの加害者は「感じのいい人」である。そこに皆ゾッとする。明らかに凶器を振りまわしそうな顔つきの人間であれば防衛する選択肢をとれるのだが、そうはいかない。良い人そうに見える隣の人がヤバい人だったという設定は常に周囲を気にしてしまう我々だからこそ震えるような恐怖を感じる。そしてその思い込みは今作においてより恐怖を煽る。引っ越し時の挨拶、すれ違い時の他愛もない会話など、他者目線を気にした結果起こす形式的な隣人との慣習全てがホラーに変わる。本編の核に行く前の段階で、日本に生まれ育った僕にとって、ゾクゾク度急上昇であり、夢中だったのである。

良い素材をまた一段とすばらしい料理に仕上げてしまう一流ホテルのシェフのように、その設定は一流にアップデートされいていく。黒沢清チームさまさまだろうか。『降霊』で僕のトラウマとなったファミレスシーンで見せた超絶キモい距離の詰め方は、香川照之演じる西野に受け継がれていた。ある一定の距離を壊したコミュニケーションが生むキモさ、怖さは言葉では表現しがたいものがある。決して誰もが思いつくような方法を見せない、見る角度を変えて、日常で目にするものをホラーに変えてしまう魔法のような演出が本当にすばらしい。空間と空間の間に仕切りを数多くおく演出は僕をさらにこの映画の世界にのめり込ませる装置と化した。家の玄関、窓、カーテン、工事フェンス、門、小さい庭など、挙げ出すときりがないのだが、それらによって僕はどんどん奥へと入っていくような、どんどん物語の真相に近づいていくように思えるのだ。もちろん見ている最中は夢中なので考えてる暇はないのだが、思い返すとそういう瞬間がかなりあった。高倉夫婦が西野に引きずり込まれていくのと同じように、映画の中にゆっくりと引きずり込まれていく、しかも音を立てずに。映画好きとしてなのか、ドMだからなのかわからないが、とにかくたまらないのだ。

そして役者陣、西野になりきった香川照之がすばらしい。たぶん、ジョーカーが向けた社会への矛先を、隣人や近所の住人に向けていたら西野みたいな人物像になっていただろう。個人的にはジョーカーより西野の方が嫌だ。2人が出馬したら僕はジョーカーに票を入れる。精神的な未熟さ。肉体的な程よい老。そんな西野に違和感なく憑依してしまうのだからとんでもないことである。香川照之がヤバい人間に見えた事実は、誰でもヤバい人間になりえるということを示しているような気もしてきてまた恐ろしい。日本の俳優は全然すごかった。

気味悪さを何倍にも増幅させるすばらしい行間の見せ方には「フォー!!」を連呼せざるを得ない。制作陣も、役者陣も、「フォー!!」だ。同じ日本人がこのような映画を作ってくださるのは、日本人として感激なのだ。わざわざ映画で心震える恐怖を味わいたくない人にとっては地獄案件ですが、そうでない人たちにとっては極上。臓器から恐怖を感じたい方に超オススメしたい映画です。

 

満足度

90%